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15分前に到着

私の人生における成功のすべては、 どんな場合でも、必ず15分前に到着したおかげである。
                            ホレーショ・ネルソン(イギリス海軍提督)

JPG時計


なかなか含蓄に富んだ言葉だと思います。

約束の時間を目前にして、
「あと、すこし、今の仕事を片付けて・・・」とか「もう少しゆっくりしていてもいいだろう」とか言っている間に時間が押して、大慌てというような局面をしばしば経験される方も少なくないでしょう。

かくいう私自身、そんなことは、しょっちゅうあります。

ということで、この言葉の深~~い、意味がよく分かるような気がします。

作業がいよいよ佳境に入ってきたと言う時でも潔く切り上げられる気分の切り換えの早さがあってこそ、短時間で「佳境」に入ることも可能になるのではないかと思います。

それは、15分間に、現場に到着し、ゆっくり次の局面に備える心構えにも通じるのではないかと思います。


 
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“大和”の最期

「“大和”の最期」というと、この間、終戦記念日を迎えたばかりということもあり、あの、戦前日本が世界に誇った巨大戦艦大和を思い浮かべたかたもおおいことでしょう。

今日、取り上げるのは、“私の大和”の最期の話です。

多くのパソコンを管理する都合上、パソコンに一意のコードネームを与えています。
附属のドライバーディスクや部品などもコードネームをふって保存しておけば、なにかあった時にも混乱することなく再インストールや修理発注が可能です。

こうした整理をし始めた時の、たまたまののりで、旧帝国海軍の艦船名でコードネームをふり始めました。

大和、長門、飛龍、赤城、雪風、・・・。
まさに蒼々たるパソ艦隊でした。

今日、最期を迎えたのは、その中でも“大和”という、最高の栄誉ある名前を与えられたパソコンです。

名前に恥じることない(当時は)高スペックのパソコンでした。
安価で高性能のパソコンが簡単に手に入る今なら、びっくりするくらい値段も高かったのですが。

一週間ほど前から、立ち上げ時にビデオボードの故障を示唆する画面が表示されるようになり、電源コードを抜いたりさしたりしているとそのうち立ち上がったりはするものの、それも毎回となるとたいへんということでこれを機にいさぎよく退役を決意しました。

メーカーに送り返しての修理という選択肢もあったのですが、かなり高額の修理代やそれにかかる日数などを考えると、高性能で安価なパソコンに代替わりというのが妥当な選択ではないかと思いました。

今はDosVパラダイスのお手頃価格パソコンが“大和”の後を埋めています。(かなり楽々と)

大艦巨砲時代の終焉というか、「サクサク」を求めて大枚を投じる時代は終わってしまったのだなと、しみじみと実感しました。
栄光のエンブレム “大和”

“大和”の勇姿




測るダイエット

最近、「書くダイエット」という言葉をよく目にし耳にもします。

自分が食べるものを事細かに書き付けて記録することにより、ダイエット意識が涵養され、ひいてはやせていくというような意味だと思います。

ちょっと、向こうを張って、「測るダイエット」という言葉を提唱したいと思います。

ともかく、朝に晩に、「体重を量り続けよう」ということです。

JPG体重計


私自身、ダイエットを始めて、体重を量るのが日課のようになってきました。
朝に晩に、食前、食後に、はてはトイレタイムの前後とこまめに体重を量り続けると、いろいろな意味で自分の「体調」まで見えてきます。

重力の法則というのは、常に、公平というか、厳正なもので、450g の料理を食べると、食直後はやはり体重は450g増えています。当たり前のことですが・・・。

私は、食事中にけっこうな量の水をとるので食事、特に夕食の前後では2Kgくらいの体重変化があります。


こうした増減を冷静に観察し続けることにより「ダイエット意識」は向上し、ひいては、目的を達成することもできるというものです。

体重測定は、単にダイエット管理というだけでなく、健康管理にも重要な示唆を与えてくれます。
高齢の人など脱水状態が全身の衰弱やひいては脳梗塞などの誘因となりますが、体重をこまめに測っていれば、体重の減少で早期にアラームが点灯し、対策を講じることも出来るというものです。

慣れてくると、「今は何キロくらい」と、現時点での体重が100g 単位で検討つくようになります。

時々、乗っかって、「ああ、去年に比べて何キロ増えた」と、ため息をつくためだけに体重計を使わないでください。それじゃあ、あんまり、もったいないです。


クラウドとは?

最近流行りのクラウドコンピューティングに日本の大手企業も参入するとのことです。
昨日付(2009年8月4日)、日経新聞が一面で報じていました。
記事の内容として、ともかく、大きなデータセンターを建設するという話しか見えてこないのが、ちょっと気にはなるのですが、ともかく、日本の情報産業もようやくクラウド化の方向に舵を切るようです。

JPG雲


クラウドコンピューティングに関しては、私自身、「これがクラウド・コンピューティングだ」という確固とした定義のようなものは持っていないのですが、グーグルドキュメントとかグーグルアップスなどグーグルが提供するサービスに代表されるようなサーバーによるソフトウェアサービスのことだと思えばいいのではないかと思います。

たとえば、もともとパソコンなどというものは、自分のコンピューターにソフトウェア、たとえばマイクロソフトのMSワーズやエクセルなどを入れて自分の用に供するものでした。

そして、自分で便利に使うために、ソフトを購入し、さらにそれをインストールしなければ、「ただの箱」だったのがもともとのコンピュータでした。

それが、インターネットが普及するようになって高価なソフトがなくても、もともとOSに付いてくるブラウザーソフトやメールソフトで、少なくともメールはできるし、インターネットのホームページも利用できるしと、便利になったわけです。
その時点で、すでに「クラウド」時代にはなっているのではないかと思います。インターネットそのものがクラウド・コンピューティングのはしりといっていいでしょう。

自分でペットボトルを買わなくても、水が飲みたくなれば、空の雲から飲みたいだけの水を雨として降らせる、あるいは降ってくると言う状況がクラウド・コンピューティングだと考えれば良いと思います。

ソフトウェアにしても同様です、高価なソフトウェアを購入して自分のパソコンにインストールしなくても、使いたい時だけ、必要なソフトウェアが利用可能なサーバ(コンピュータ)に接続して、必要な情報処理をしてもらうと言う考え方がクラウド時代の考え方ということになると思います。
自分の身の回りには、いくら見渡しても、そうそういない、(だから、テーラーメードの高価なソフトを発注しなければならなかった)「そうした作業」が必要な「人」も全世界で探せばけっこうな数がいるものです。そうした人たちと物理的距離をまったく意に介す必要のない共同利用です。当然、コストも安く抑えられます。

こうした考え方は決して新しいものではなく、今から十数年前にも、オラクルやサンマイクロシステムズにより、ネットワークコンピュータという概念で提唱されたことがありました。

ワープロや表計算ソフトを、個々のユーザーが自分専用として買い取るのではなく、必要な時だけ、サーバサービスにインターネットで接続して使用したらいいじゃないかという概念でした。

一見していい考えのように見えますが、当時、まだインターネットの通信速度が今ほど高速でなかったせいもあり、「誰も見向きもしないうちに」、そのまま、「誰も見向きもしなくなってしまった」という感がありました。

ホームページでさえ、クリックした後、ゆっくりゆっくりしたにスクロールしながら表示されていた時代です。
最近のGmail がサクサク動くのと比べると隔世の感があります。
オラクル、サンマイクロシステムズともに、多少、時代を先取りしすぎたという点があるのでしょうか?

一度、フライングで失敗してしまったトラウマなのでしょうか、その後、両者とも、クラウド・コンピューティングに関しては、(私のような素人でも耳にするような土俵では)名前が出て来ませんでした。(実は隠れて、すばらしい、ビジネス構想を育てているのかもしれませんが・・・)


現在、私は、クラウド・コンピューティングとしては、ストレージサービスでZumodrive 、サーバサービスで、アマゾンEC2のお世話になっています。(それらの使い心地などは、そのうち、ゆっくりとご紹介していきたいと思います)

今のところ、私のような一般消費者がクラウド・コンピューティングのお世話になるとすればファイルの共有かサーバサービスくらいしか、私には考えつきません。

オラクルやサンマイクロシステムズが、十数年前にネットワークコンピューティングを構想したころから比べて、パソコンの性能は飛躍的に向上し、一般人が(しかも、かなり玄人的な一般人でさえ)ふだん使いでこなさなければならない仕事で、大型コンピュータにつながなければできないような仕事はまったくといっていいほど無いといっていいでしょう。

そうした意味合いで、オラクル、サンマイクロともに音無しの構えなのかもしれません?

もし、日経新聞が報じるように、日本の日立、東芝などが、今後、クラウド・コンピューティングを「これからの事業」として、育てて行こうとするならば、データストレージやサーバサービス以外に、もっと大きな「販路」を考えているのでしょう。

それは何なのか、老いの楽しみの一つとして、見守りたいと思います。

本当は怖かったのか? 江戸時代。

今日、書店でこんな本を見かけて購入しました。

本当は恐ろしい江戸時代 (ソフトバンク新書) 八幡 和郎著



一読して、どこか論調が似ているなと思って調べてみると、一ヶ月ほど前に読んだこの本と著者が同じでした。

47都道府県の関ヶ原――西軍が勝っていたら日本はどうなった (講談社+α新書)






内容こそ違うものの、二つの著作物を通して、徳川幕府政権下の300年の「停滞」を悔しがる著者の心情は痛いほどよく分かりました。

もし、信長が本能寺の変でああした最期を遂げなかったら今の日本はどうなっていたのだろうかとか、関ヶ原の戦いで西軍が勝っていたらどうなっていたのだろう、など空想の翼を広げるとなかなか楽しいひとときを過ごせます。


文化論としても面白い本だと思いました。

プロフィール

Author:HASSIE
50代の医師です。

日々の生活を多忙におくっています。
「多忙に」の「に」は、自発的に多忙であろうとしている、と言う意味です。

いろいろなことにチャレンジし、いろいろなものを見て、いろいろな人と知り合って、「多忙な」人生をおくりたいと思っています。

そんな暮らしの中でこそ、なぜ、生まれてきたのかが分かってくるのではないかと思っています。

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